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私ら障害者の障害って言ってみれば競馬でいうところの障害と何ら変わらないと思うんですよね。これっていわゆるハードルって言う意味なんだと思うんですよ。うん、障害=ハードル。何だかしっくりきます。

仕事をするうえではいろんなものがハードルになる

以前たまたま見た競馬のG1四連勝とかいうニュースに「障害絶対王者」とか書いてあったので。前置きにちょっと思ったことを書きます。

まず何より感じたのは、トップニュースで普通に「障害」って使ってるじゃん。ということ。

他にも運動会の障害物競走とかさ。

同じなんだから障害者だけ障がい者とか分けるなよ。

まあ要するに「障害者」なんてただの言葉ですし、その意味するところもいわゆる「人と違うハードルがある人」に過ぎないわけですよ。

それが高いか低いかの違いはあるけど、みんな何かしらのハードル乗り越えて生きてる訳で、そうなるとちょっと障害者を障がい者と呼びましょうってのは偽善の匂いしか感じない。

ですからまあ、あまり気を遣わなくていいですよと言いたいんですね。

やたら気を遣われる方がかったるいので。

なんかこっちの記事で同じようなこと書いている気もしますが

まあそれはそれ、これはこれ。言葉の独り歩きは怖いですよね。

そんで私らはまあ聴覚障害という人よりもっとわかりやすいハードル抱えてるんですけど、みんなだって何かしらあるんじゃないですかね。

人間関係だったり、パソコン系苦手なのに事務系に回されたりコミュ力低いのに営業に回されたりとかいろんなハードルがある。

皆何かしらそういうの乗り越えて仕事してるんだろうから、私が聞こえないからって仕事を降りるのはフェアではないという意見も当然あると思うんですよ。

これが努力でカバーできる部分ならいいんですけど私の仕事の場合下手すると命に係わるのでさすがにある程度線引きしてるわけですね。

逆に一方で気を遣われ過ぎて遠慮されることも多々ある。

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腫物を扱うように……

されるのが一番つらいです。

なので皆平等という意味では、やっぱり働いてる時に聞き取れなかったら怒られるのはある意味当たり前で、仕方ないと思います。

対等に扱ってくれている証拠と言えるかもしれませんが、それでも聞き取れないことを理由にその仕事から追い出されるとさすがに悔しいです。

ですから私は自分には無理だと思った作業はやりません。

ここは残念ながら自分で線引きするしかない。

それでもやれと言われたらやるしかないのでなるべく迷惑かけないようにするだけです。

まあ大概迷惑かけるだけなのが悔しいんですけど。こればっかりは致し方ないところがある。つねにあーしろこーしろ指示が飛び交うようだとどうやったって限界がありますよね。

そんな中で人工心肺装置なんか扱って聞き取れずにミスしたら患者さん死んじゃいますので、さすがにこれは私は手を出さない方が無難です。

もっとも院内でも段々自分たちの得意分野に特化していくわけです。

人工心肺に特化している人もいるし

ペースメーカーに特化している人もいるし

人工呼吸器に特化している人もいるし

医療機器に特化している人もいる

もちろんオールマイティーに何でもできる人はやればいいだけの話です。ですが少なくとも私の病院ではこれらの大きな業務はみんなそれぞれ専門がいる。

その中で、透析業務とかごく一般的な臨床工学技士業務に関してはみんなできるようになっているわけです。

臨床工学技士という仕事についてはまた別の記事で紹介したいと思いますが、言ってみれば医療機器スペシャリストですけど、全員が全員医療機器ならなんでも詳しいわけじゃないんです。

なので私も自分なりの武器を磨きました。

私は医療機器特化系です。全般的に見れますけど専門は手術室の医療機器。

他の人が意外と苦手な機械いじりやパソコン操作系、機器性能や特徴の把握といったメンテナンス方面にガッツリ力を注いでいますので、手術前中後いつでも、どこかがおかしいとか上手く動かなくなったなどのトラブルに即座に対応できるようにしています。

これからロボット手術とかもメジャーになっていくと思うので、その方面は得意なだけにある意味手術室というのは向いてるのかもしれませんね。

やれることだけやるというのは甘えだろうか

書いててふと思ったのですが、自分は今の職場で同僚やコメディカルスタッフから邪魔者扱いされたことはないです。

医者からはたくさんあります。

まあ救急の現場じゃまず戦力外なのは自覚してますので、少しのミスが命取りになる循環器関連は厳しいです。

で、周りは気にしてないかもしれないのですが、ひょっとしたら出来ることをやるというのはある意味で甘えでしかないのではないかという悩みを常に抱えています。

あれれ……。なんだかひねくれた感じになってきた。

周りが気を遣ってくれて当たり前とは思ってないので、やばいと感じたら自分から引く癖がついちゃってるのかもしれません。

スタンスとしては出来ることを精一杯、しかないのですが、きっとこれは障害があるなしにみんな一緒だろうと思うんですが。

誰だって得手不得手がありますよね?

ですからまあ多少人より出来ることは限られていますけど、お互い助け合っていけたらいいんじゃないでしょうかということです。

……これは甘えですかね?

どこかの海賊王の卵のセリフじゃないですけど、私はいろいろな人に助けてもらわなかったら、仕事どころかまともに生活していくことすらできなくなる自信があります。

結局のところ皆それぞれに得意とするところ持っておいて、何かで迷惑かけてるんなら別のところでカバーできるようにして行けたらいいんじゃないかなと思うんですけど。

障害があるからって仕事をえり好みするのは甘えだとかいう意見も少なからずあるのは確かです。

うーん……難しいですね。

今回は上手くまとめきれなかったので宿題にさせてもらってまたこのテーマで記事を書いてみたいと思います。

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