オススメAviUtl記事
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突然ですが私は音痴です。それはもう身内をして「壊れたラジオ」と言わしめるくらいに。悲しいかな難聴者には音程を聞き取るというのはハードルが高い。そんな私は小中高とどんな風に音楽と接してきたのか。

音痴なのを自覚していても馬鹿にされるのはキツイものがある

ここのところAviUtl関連記事を連続して書いていたせいかこのブログの方向性が全然わからなくなってしまいました(笑)

ただ、AviUtl関連の記事ははっきり言って

書くのが楽しすぎる

のできっとやめられませんw

自分でも記事を書くために使い方をおさらいしてる部分があったりして改めて勉強になりますし、どの程度理解しているのかの尺度にもちょうどいいと考えています。

ま、ぶっちゃけ個人の趣味・雑記ブログですから好きに書こうと思ってます。

でもそれじゃ読みに来る人も限定的になりそうだし方向性があいまいな雑記ブログがこれから先生きていけるの?とか色々な意見はありますが、そもそも私はこのブログでがっつりPV稼ごうなんて微塵も考えて……

考えてるに決まってますやん‼‼‼

あわよくば狙ってますよ!

キレイごとはいいんですよ!それで稼げたら苦労はしない!

このブログだって育っていけばいつかきっと……。

……ということでいきなり俗っぽく始まりましたが久々に難聴関連のネタ記事を投稿しようと思います。

難聴者にはつきものの問題としてよくある「音痴」について。

今でこそピアノに挑戦してみるなど

soramimi.hateblo.jp

どちらかというと音楽好きな私ですが

私の学生時代の音楽事情ははっきり言って思い出したくもない黒歴史だらけです。

今回はそんな暗黒時代を晒します((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

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    小学校時代の音痴は笑い話で済んでいた

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    小学生時代は毎年音楽会というモノがありました。

    合唱と合奏を全校生徒の前で披露するという、音痴には世にも恐ろしい催しです。

    ピアノ弾ける子はヒーローになれる催しです。

    当時の私はピアノなんて女子がやるものだという偏見に満ちてたクソガキでしたので、興味もありませんでしたが。

    この音楽会、なぜかみんなめっちゃノリノリで練習するんですよ。

    特に表彰とかされるわけでも無し、何か商品が出るわけでもなし。

    ああこんなこと考えている時点で俗まみれの大人になってしまったんだな……と悲哀を感じますがそんなことはどうでもよくて。

    なんでそんなに合唱に一生懸命になれるんだろう

    と、今思うと不思議なノリでした。

    そして私にとっては最も苦痛と屈辱を味わうイベントだったのです。

    合奏はまだいいんですよ。楽器ですから練習すれば大抵のものは演奏できる。ピアノは無理にしてもアコーディオンとか木琴とかそこそこ出来るようになるものです。

    子供の吸収力って今更ながらすごいですよね。

    私の聴力は、当時はちょっと周りの子より耳が悪いなーくらいだったはずなのですが、音程の聞き取り能力はこの頃から壊滅的で、今でも自分の出している声がドレミの何なのかとかさっぱりわからない。

    ん?分からないのが普通ですかね?

    まあでも私、そもそもドレミの違いが良く分からないです。

    いや、実際に聴いて音が違うことそのものは分かるのですけど。

    しかし……うーん…なんと言えばいいのでしょう。

    ド、レ、ミ~と順番に音を出してくれれば音が変わっていくのはわかるのですが、例えばいきなりファの音だけ出してこれ何の音だ?というのはもう無理です。

    2オクターブ高い音階になるともうあまり聞き取れませんでしたし。

    そんなわけでやたらと長い言い訳を書き連ねてきたのですが要するに言いたいことは

    私は音痴です

    ということです(´・ω・`)

    自覚あります。歌下手です。ド下手くそです。

    私には妹がいるんですけど、妹はピアノがかなり弾けるうえに耳も良くて、歌も結構うまいみたいです。

    従兄弟の結婚式で安室奈美恵の can you celebrate を歌って絶賛されてました。

    その妹に事あるごとに

    「下手くそ」

    と罵られてたんですよ。

    まあ兄弟ですから「うるせーなー(笑)」とかそんな気せずとも適当に流してれば良かったんですけど。

    キテレツ大百科の「初めてのチュウ」を余りに調子っぱずれに歌っていたら、怒った妹に「壊れたラジオ」なんてあだ名を頂戴しましたけどね。

    ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

    ちなみにこちらはまだ壊れてないラジオです。壊れかけなだけですから。

    そんなわけで、子供ながらに音痴だという自覚のあった私は学校の合唱に関しては適度に力抜いて歌ってました。

    一応ドレミに合わせて声を出していくといった練習もしたことはありますがはっきり言って効果なし。

    自分の出してる声とピアノの音が合ってるかどうかなんてさっぱり分からないです。

    先生方も、無理に歌を上手く歌う必要はないしまだ子供なんだからのびのび歌えばそれでいい、というようなノリでした。

    ただ、今思うと私の場合難聴というデリケートな部分も影響していたがための先生の配慮もあったのかなと思います。

    クラスメイトも私が音痴だということはよーく知っていたので特に強く指摘してくることもなかったのです。

    「歌下手だよねえ(笑)」

    「まあ僕耳悪いから(笑)」

    で済ませられるような間柄でした。

    ところが。

    小学生の時に言われた一言が今でも刺さっている

    そんな中あるショッキングな出来事が私を襲います。

    あれは忘れもしない小学6年生の最後の合唱大会に向けた練習の時の事。

    曲目は槇原敬之の「どんなときも」でした。

    いつものようにクラスメイトが集まって講堂で練習していました。

    指揮は当時の担任です。女性の先生でした。

    横並びで歌うのですが、私は指揮者から向かって一番右。

    何度か練習している最中に私の右手側に立っていた男子、仮にK君としましょう。そのK君がニヤニヤ含み笑いをしながら歌っているのです。

    何笑ってんだろコイツ

    と私は特に気にしてませんでしたが、だんだんと笑いをこらえているその仕草が大げさになっていきました。

    そして一通り歌い終わった直後。

    K君は堰が切れたように大声で笑いだしたのです。

    みんなが何事かとK君を見ていると、笑いを堪えながらK君はこう言い放ちました。

    「かるび音痴過ぎ‼‼‼ わはははは! もう耐えらんねえ!」

    ……またか……。

    その「音痴」というセリフを聞き飽きていた私は瞬間そう思いましたが、同時にこれだけ面と向かって大笑いされた経験は初めてのことで、さすがにちょっと傷つきました。

    他でもない、幼稚園の頃から互いを知っているはずの幼馴染とでもいうべき同級生に、6年生にもなって今更ながら大声を上げて音痴であることを笑われる。

    屈辱でした。

    そして同時に悔しかったです。

    笑われることにも、どうにもできない自分にも、それを受け入れてしまっている自分にも。

    ところがこれを聞いて怒り狂ったのは私ではありませんでした。

    何と担任がブチ切れてK君をひっぱたいたのです。

    担任の先生は血相を変えて

    「あんたなんてこと言うの!かるび君は聴こえない中で頑張って歌ってるんだよ!あんたにバカにする権利はない!」

    そう言ってK君を叱りました。

    これを聞いた私はありがたいような悔しいような複雑な気持ちになってつい涙が流れてしまいました。

    K君はというと、ひっぱたかれても笑いが収まらないようで、ニヤニヤしながら「わりぃわりぃ」と悪びれてないような嫌な謝り方をしてきましたが、私にはどうでも良いことでした。

    それよりも先生の言葉に救われたような気持ちと、K君にバカにされたことに対する悔しさが綯交ぜになって良く分からないもやもやした気持ちを抱えてしまいました。

    ここから、私は人前で歌うことがすっかり苦痛になってしまったのです。

    中学校にもあった合唱大会

    私の通った中学校は小学校の校舎の隣にあり、隣の区の小学生も混ざって大きくなるだけで、小学校からのクラスメイトの顔触れはほとんど変わらずでした。

    隣区の小学生が増えた分大所帯になっただけ。

    そして中学校でも相変わらずの合唱大会がありましたが、中学では合奏はなくなり、完全に歌だけのイベントでした。

    小学生の頃の出来事で人前で歌うことが怖くなっていた私は、中学の三年間、指揮者になることで逃げていました。

    まだこの頃は補聴器なしでも聞こえてましたし、リズム自体は取れたので。

    まあ中学生ですから単純に四拍子で腕を振ってるだけのなんちゃって指揮です。これで十分でした。

    周りも何も言わず、私が指揮者をやることは半ば当たり前のような空気になっていました。

    別にわざわざ人前で歌う必要はないし、これで十分だとその頃は思っていたのです。

    今思うと別に口パクでも良かったんじゃね?案件です。

    A〇Bみたいに上手くやれよとですね(´_ゝ`)

    高校時代にカラオケが大流行した世代

    さて、私が高校生になるころには田舎でも巷にぽつぽつとカラオケボックスができ始めます。

    まさにカラオケブームです。

    学校帰りに同級生とカラオケに寄って~なんてことは当たり前のようになっていました。

    丁度GLAYやラルクアンドシエル、globe、ミスチルや安室奈美恵が全盛期の頃だったと思います。

    私は高校が実家から遠かったため寮に入っていたので、当然同じ寮の先輩方と付き合いというものがありました。

    その一つがカラオケ。

    それなんて無理ゲー?

    歌が苦手になり、中学時代散々人前で歌うことから逃げていた私がカラオケなどまともに歌えるはずがありません。

    それでも当たり前のように歌わされて、またここでも当たり前のように笑われました。

    やはりここでも私は人前で歌うことに楽しさを見いだせず、閉じこもっていきます。

    私が歌うことが好きになるきっかけになったS君との出会い

    私は小中高と現在でも活動してなくても知られているような有名バンドがひしめく素晴らしい音楽シーンには恵まれたのに、それを聴く環境には恵まれなかったと言えます。

    小学校の頃はCDが高級品。子供でCDプレイヤーなど持っている人はほんの一握りであこがれの対象でした。

    中学でもまだまだCD全盛。

    高校でMDが少しずつ台頭してきますがあまり流行らずにに廃れちゃいましたねえ……。

    今のようにiPadが普通に出回るようになったのっていつごろでしょうか。

    実は私いまだに持ってないんですけど。

    まあ補聴器がないとろくに聞こえない私が持ってても……ねえ……(笑)

    結局私の10代という貴重な青春時代は音痴を覆すこともできず、歌の下手くそなままで終わったのです。

    ちくしょう。

    そして2000年代。

    ネットがある程度普及してきたころ、出会ったある友人、S君とO君がカラオケバカといってもいいくらいの歌好きでした。

    学校帰りにほとんど毎日のようにカラオケに付き合わされました。

    俺歌下手だから、音痴だから、と言って断っても許してくれません。

    当初は人を辱めようとしてるのかと思いましたがそうではありませんでした。

    S君曰く

    「プロじゃないんだから下手で当然」

    「思い切り歌うことに慣れてないだけだ」

    「思い切り声出せば多少音程がずれてたって楽しくなるぞ」

    こういう主張でとにかく下手なのを恐れずに思い切って歌えというスタンスだったのです。

    私はここで馬鹿にされずに歌うことの楽しさを少しずつ知り始めました。

    そして多分本来は歌好きだったのだろうと思います。

    今でも音痴は治っていませんが、歌うことは昔よりずっと好きになれたと思います。

    またこの時、あるジャンルを教わることで人前でも堂々と歌うことが出来るようになりました。

    今ではそのジャンルで音痴をバカにされることもなくなっています。

    S君とO君のおかげで、私は音痴でも卑屈になることだけはなくなったし、歌うことの気持ちよさを知ることが出来ました。

    2人に感謝です。

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